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■日時:2014年10月23日(木)19:00~
■会場:タワーレコード横浜ビブレ店 イベントスペース
■参加券対象店舗:タワーレコード横浜ビブレ店、タワーレコード川崎店
■詳細: http://tower.jp/store/event/2014/10/135019wanima
■イベントに関するお問い合わせ:タワーレコード横浜ビブレ店 TEL:045-412-5601
■日時:2014年10月25日(土)21:00~
■会場: タワーレコード新宿店 7Fイベントスペース
■参加券対象店舗:タワーレコード新宿店、タワーレコード池袋店
■詳細: http://tower.jp/store/event/2014/10/055102521
■イベントに関するお問い合わせ:タワーレコード新宿店 TEL:03-5360-7811
■日時:2014年10月26日(日)15:00~
■会場: タワーレコード渋谷店 1F特設ステージ
■参加券対象店舗:タワーレコード渋谷店、タワーレコード秋葉原店
■詳細: http://tower.jp/store/event/2014/10/003049
■お問い合わせ:タワーレコード渋谷店 TEL:03-3496-3661
■日時:2014年11月1日(土)13:00~
■会場 :タワーレコード仙台パルコ店 イベントスペース
■参加券対象店舗:タワーレコード仙台パルコ店
■イベントに関するお問い合わせ:タワーレコード仙台パルコ店 TEL:022-264-9462
■日時:2014年11月8日(土)14:00~
■会場:タワーレコード梅田NU茶屋町店 イベントスペース
■参加券対象店舗:タワーレコード梅田NU茶屋町店、タワーレコード梅田大阪マルビル店、タワーレコード難波店、タワーレコード神戸店、タワーレコード京都店
■詳細: http://tower.jp/store/event/2014/11/096005
■イベントに関するお問い合わせ:タワーレコード梅田NU茶屋町店 TEL:06-6373-2951
■日時:2014年11月9日(日)14:00~
■会場:タワーレコード名古屋パルコ店 店内イベントスペース
■対象店舗:タワーレコード名古屋パルコ店、タワーレコード名古屋近鉄パッセ店
■イベントに関するお問い合わせ:タワーレコード名古屋パルコ店 TEL:052-264-8545
WANIMAのワンチャンRADIO!!(10月限定毎週水曜日23:00~24:00)
お便りお待ちしてます! → wanima@crossfm.co.jp
詳しくはこちら → CrossFM(福岡)
(※BACK LIFTとのダブルレコ発)
松本健太(Vo/Ba)、西田光真(Gu/Cho)、藤原弘樹(Dr/Cho)からなる3ピースバンド、WANIMA。現在、ライヴハウスで注目度急上昇中のバンドであり、勢いそのままに1stミニアルバム『Can Not Behaved!!』がPIZZA OF DEATH RECORDSよりリリースされる。メロディックパンクなんだけど、数多くいる有名バンドからの影響を感じさせない、純粋培養されたセンス。スピーディーで破壊力のあるサウンドと、日本語詞の面白みを増幅させるメロディ。これらが渾然一体となった、オリジナリティの賜物が詰まった内容だ。そんな作品のリリースを記念してインタビューを敢行。みんな熊本県出身の九州男児で、気骨とユーモアに溢れるエピソードをいろいろと語ってくれた。それでは3回に亘っておくるインタビューのスタート!
-- さて、今回、めでたく1stミニアルバム『Can Not Behaved!!』がリリースされるということで、WANIMAについていろいろと探ってみたいと思います。まずはみなさんの出会いから教えてください。
松本健太(以下、M)僕と光真は保育園からの付き合いで。小中高とずっと一緒で、家も歩いて30秒くらいの距離で。もうかれこれ23年くらいの付き合いです。
-- 幼馴染なんですね。藤原くんとは?
M 東京で出会いました。
藤原弘樹(以下、F)全員熊本出身なんですけど、地元は離れています。
M 藤くんは熊本市内で、僕らは天草というところで。
-- みなさんが音楽を好きになったきっかけは?
M 天草は熊本市内から2時間半くらいかかる場所なので、全然情報が入ってくるようなところではなかったんです。当時、僕はレゲエやヒップホップを聴いていたんですけど、光真はハイスタンダード(以下、ハイスタ)とかを聴いていた。
-- 当時はレゲエやヒップホップのほうが興味あったんですね。
M はい。大好きだったんです。光真からハイスタを教えてもらって、なにその速いの?みたいな感じになって。それで聴くようになった。
-- 光真くんはレゲエやヒップホップは?
西田光真(以下、N)聴いてなかったですね。
M 藤くんが住んでいた熊本市内はレゲエやヒップホップが強かったよね?
F ちょこちょこは聴いていたね。ちょうど周りにバンド文化がなくなっている時期で。みんなDJで、パーティーやるから来てよみたいな。パーティーって何?って (笑)。バンドをやっているのは学校の中でも自分くらいしかいなかったんです。一つ上の代だとバンドをやっている人がたくさんいたんですけどね。
M 特にいじめられていた、とかはなく?
F なかったよ(笑)。その時は周りにバンドシーンがあまりなかった。
-- 藤原くんがバンドを始めたきっかけは?
F 同級生とコピーバンドを組んだのがきっかけです。個人的にメロディックパンクを聴いていて。でも周りはみんなJ-POPが好きで。だからずっと一人であたためていたんですよ。
-- 秘めたる思いを醸成したと。
F でも一番仲良かった友達と帰っているときに、そいつが鼻歌で歌ったのがハイスタだったんです。あれ?ハイスタでしょう?って。そいつがギターをやっていたので、バンドを一緒にやろうよと。中1のときの出来事です。
-- 健太くんがレゲエを好きになったきっかけは?
M そんなに速いのがなかったので。俺は姉がいて、周りがヒップホップ、レゲエを聴いていたので。その影響もあったと思います。
-- 光真くんは?
N 僕は先輩がバンドをやっていて。そのバンドがハイスタやモンゴル800が好きで、その影響ですかね。かっこいいなって。
-- 健太くんと光真くんは2人でどのような活動をしていたんですか?
M 最初は学校の文化祭に出るためにコピーバンドを始めたんです。文化祭でヒップホップやレゲエをやっても分からないやろうし、地元でバンドが流行っていた時期でもあったので。
-- 当時、特に好きだったアーティストは?
F 一番最初はX JAPANですね。それから兄貴の部屋から聴こえてきたハイスタ、スネイルランプとかを聴き始めて。そこからハワイアンシックスやBBQ CHICKENSとかを好きになって。そういったバンドとかをカバーしていましたね。
M 俺は海外の名前も分からないようなルーツレゲエとか聴いていました。ヒップホップだったら熊本出身の餓鬼レンジャーとか聴いていて、言葉遊びが面白いなと。最初はそっち系に進むのかなと思っていたけど、バンドになっちゃいましたね(笑)。
-- なぜかヒップホップグループは結成しなかったと。
M そうなんです。小さい町過ぎて共感してくれる人がいなくて(笑)。
-- 光真くんは?
N 僕はハイスタ、モンゴル800ですね。やっぱりかっこいいと思っていたので、バンドに憧れがありました。
-- 地元ではどのくらい活動を?
M 俺と光真は高1~高3までバンドをやっていました。6時半くらいの朝一のバスに乗って、熊本市内のライヴハウスにライヴをしに行っていました。わりと活発でしたね。
-- 高校のときからライヴハウスへ頻繁に出演していたのですか?
M そうですね。毎日練習していたので。
-- その頃にはオリジナル曲も?
M そうですね。コピーとオリジナルの差は結構でかくて。俺らはすぐにオリジナル曲をやっていました。
-- 当時のバンド名は?
M HANIMAです(笑)。
-- バンド名、そんなに変わってない(笑)。
M そうですね(笑)。熊本では知っている人もいると思いますよ、めっちゃライヴやっていたので。
-- 藤原くんは当時、どのような活動を?
F 活動は友達と休みの日に集まって練習するだけ、という。カセットに録って、それで終わりです(笑)。ライヴハウスに出ようとかはなかったですね。でも知り合いがライヴハウスの知り合いと仲良いということで、一回だけやらせてもらいました。
M 東京で出会ったので、熊本時代に俺らが繋がっていた音楽仲間と藤くんが繋がっていたり。熊本時代はまったく藤くんのことを知らなかった。
F 家の中で活動していましたからね (笑)。
-- まあ、どちらかというと宅録系ですからね(笑)。その一方、HANIWAは熊本で結構、有名なバンドだったんですか?
M まあ、わりとそうですね。小さなコンテストで熊本予選を勝ち抜いて、九州大会も優勝したので。
-- かなりの実力派だったんですね。
M 今思うと頑張っていましたね。
-- じゃあその頃には東京に出て、一旗揚げてやろうと。
M 僕はそう思っていました。でもみんな進路が重なっちゃって。当時のドラムが地元に残るだの、いろいろあって。光真も自衛隊に行っていたんですよ。
-- え?そうなんですか?
N 実はそうなんです(笑)。
M それで俺1人だけ東京に出て。光真が2年後に自衛隊を辞めて、追いかけてきてくれたんです。
-- その間の2年間は1人で活動を?
M 特に活動という活動もしていなかったです。光真とは付き合いも長かったので、その穴埋めができなくて。バンド活動できなかったんです。もうフラストレーションたまりまくって、公園の草木に向かって歌っていました。ベースをビンビンビンって、草木をお客さんに見立ててやっていました。
-- む~、かなりやばいエピソードです(笑)。そして光真くんは自衛隊に行っている間は楽器を弾いていなかったのですか?
N たまに実家に帰ったときに遊びがてら弾くくらいで。
M ミサイルを打っているほうが多かったんじゃない?
N いや、銃のほう(笑)。
-- 楽器より銃の扱いに慣れちゃったと(笑)。でも音楽の道は忘れられなかった?
N そうですね。高校の頃みたいに楽しいことをやりたいなと。それで健太も東京にいるし、俺も行ってみようかなと。
-- どっちから連絡をしたんですか?
M 俺が一方的に言いました。一緒にやろうよって。
-- それですぐ東京に行こうと?
N そうですね。連絡がきて、自分の中では迷いはなかったです。
-- それから東京で2人で活動を始めたと。
M そうですね。でもドラムがなかなか見つからなくて。しかも自衛隊だからお金を貯めていると思ったら、ギターと布団しか持ってこなかったんですよ。
-- 自衛隊にいるとお金を使う暇がないからお金が貯まる、と聞きますけどね。
M 使い過ぎたとか言って(笑)。ギターも3000円で買ったボロボロのやつで。最初は生活しなくてはならないから、2人ともバイトに明け暮れていました。ドラムが見つからない期間が長かった。2年くらいいなかったです。
-- その間は2人でライヴを?
M 全然。フェスに行ったり、ライヴを観たり。メロディックパンクとかいろいろなシーンを観て、フラストレーションをためていた。ただただ悶々としていましたね。
-- でも曲作りはしていたんでしょう?
M 曲は作っていましたね。2人でスタジオに入って。
-- 曲作りだけが自分たちのフラストレーションを発散してくれるものだったと。その頃、何曲くらい作りましたか?
N 今作に収録されている曲とか、それに続くものとか、その時期にわりとできましたね。
-- そんな黎明期を経て、藤原くんと出会うわけですが、きっかけはなんだったんですか?
M その後ドラムが見つかって、2年間くらい順調に活動していたんですけど、脱退しちゃって。それでまたゼロからか……と思っていたら、ライヴハウスの店長さんからいいドラムがいるよと紹介してもらったのが藤くんだった。暇している、都合のいい先輩いるよって。
藤原 (笑)。
M 2歳先輩なので。しかも会ってみたら熊本出身で。
-- 同じ出身地だと親近感わきますものね。
M そうですね。俺と光真の付き合いが長いのに、スっと入ってきたので器用だなって。やらしいなって(笑)。
-- 最初の印象は?
F こわっ!と思いましたね。喋りづらいな~って。
-- 一緒にやってみようと思ったのはなぜですか?
F ライヴを観てからですね。YouTubeにライヴ映像がたくさんアップされていたんですけど、凄まじかったんです。大丈夫?このバンドって。
-- 映像を見て、衝撃を受けた?
F いや、ダメだったんです(笑)。
-- そっちのほう(笑)。
F でも実際にライヴを観たら全然違って。メッチャいいバンドだなと思ったので、その日に擦り寄りました(笑)。
-- 新しくドラムが入ってどうでしたか?
M ホッとしましたね。やっとバンド活動ができるなと。18歳で田舎から出てきて、やれなかった期間が長かったので。鬱憤がたまりまくってた。どんだけ膝を曲げる期間があるんだって。いつでもジャンプできる用意ができていたから。藤くんが加入したことによって、今までためていたものをいろいろと試せるようになって。だからスタジオに入るとポンポン曲ができちゃうんですよ。
N でも以前のドラムが抜けるとなったとき、その後の当てがまったくなくて悩んだな~。
M 2人で弾き語りする?とか言っていたものな。ゆずをずっと聴いている時期がありましたよ。ゆずみたいに活動する?俺らって(笑)。
-- 路上ライヴに活路を見出す(笑)。
M もうブレブレでしたね(笑)。
Interview by 中沢純
Vol.2 へ続く
-- そういえばバンド名は、藤原くんが入る前からWANIMAだったんですか?
松本健太(以下、M)そうです。メンバーの頭文字を組み合わせただけなんですけどね(笑)。FUJIWARAのFUを取ってFUNIMAはいけんだろうと。FUJIWARAにWAが入っているから、WANIMAのままでいいんじゃないって。
-- バンド名はどんな意味なんだろう?と思っていましたよ。
M ライヴで対バンの人には打ち上げで、「WANIMAってギリシャ語でこんな意味があるんです」とか言うんですよ。「そんなにカッコイイ意味があるんだ」とか言われるけど、本当はただの頭文字を合わせただけ(笑)。酔っ払いにはちょうどいいネタなので。
-- 確かにギリシャ語でありそうな(笑)。それで藤原くんが加入して、一体感を出すためにスタジオにはどのくらいの期間入ったのですか?
M 藤くんが既存の曲をわりとすぐに覚えてくれて。藤くんなりにアレンジしてくれたから、本当に早かったですね。
藤原弘樹(以下、F)もう暇だったから、映像とかメッチャ観て、聴いて、俺だったらこうするというのを随分と考えていたので。だからすんなりいきましたね。
-- そして新生WANIMAとして初めて出演したライヴは覚えていますか?
M 新宿ACBでしたね。
F 最初のライヴの時、僕はまだヘルプだったんですよ。
M そうだ!実は他にドラムの候補がいたんです。2~3人候補がいて、そこに藤くんも現れたので。
西田光真(以下、N)誰をメンバーとして入れるか、結構悩んだんですよ。
M それで出た答えが、都合のいい先輩だったと (笑)。
-- あはははは(笑)。
M 地方にライヴへ行くときも率先して車を運転してくれるだろうと(笑)。
-- 藤原くんはお兄ちゃん的なポジション?
M 都合のいいお兄ちゃんです(笑)。
F いいんですよ、それで。全然可愛くない弟たち(笑)。
-- でも最初からよっぽどウマが合ったんでしょうね。
M そうでしょうね。俺と光真の長い付き合いの中にもポンと入ってこれたので。
-- それで初ライヴに話を戻しますが、どのような感触を得ましたか?
F 確かズタボロだったよね。
M あ、うまくいかないんだ、と思いました(笑)。そこから3人でいろいろな場所をまわるようになって。最初はお客さんが2~3人で、そこからお客さんも段々と増えてきて。バンドとしても段々固まっていきました。
-- このバンドでやっていける!と確信を持ったのはいつ頃ですか?
F 一番最初にライヴを観たときですね。なんでここでライヴをやっているんだ、と思いました。メチャクチャいいのに、なんでもっと上へバンッといけないんだろうなって。加入前だったけど、絶対にやれると思ったので。
M 藤くん加入して、やりたいことをやれるようになったので。その充実感は半端なかったです。藤くんがバンドを客観的に見てくれるところがあって。バンドの色だったりを分かった上で、いろいろ言ってくれるので。客観的な視点が入ったことがすごく良かったですね。
-- そしてライヴではデモテープを手売りで売っていたそうですね。4000枚くらい売ったとのことですが、これ、手売りでは結構すごい数ですよ。
M もう押し売りですよ(笑)。1枚目が2曲入り、次に4曲入り、3曲入りの順番で出したんです。1枚目は前のドラムが叩いていて、2枚目から藤くんが叩いているんです。
F 2枚目のときに初めてツアーをやって。3枚目のときは東名阪のみのツアーでしたね。
-- ライヴを観たお客さんは大体買ってくれた?
M そうですね。買ってくれたんじゃないですかね。会場限定で売っていたのが良かったのかなと。
-- こんなにCDが売れないと言われている状況の中で、手売りは可能性がありますね。
M はい。そこのいやらしさをPIZZA OF DEATH RECORDSが汲み取ってくれたのかな(笑)。
-- デモに入っていた曲で、今作にも収録されている曲は?
N たくさんありますよ。「雨あがり」、「昨日の歌」、「つづくもの」、「1106」は今回のミニアルバムにも収録されています。
-- 当時から今作のベースとなる楽曲はできていたんですね。
M はい。なんの指定もなく、PIZZA OF DEATH RECORDSが自由にやらせてくれたので、いいものができました。
-- ライヴではどんなバンドと対バンをしましたか?
M それこそメロディックパンクのバンドとか。でもたまにヒップホップのイベントに誘われることがあって。そういったイベントのお客さんでも違和感なくやれたんです。俺たち、どこにいってもやれるんじゃないのかなって自信がつきました。ジャンル問わず、人がいる場所だったらという感じで。
-- そのイベントでバンドはWANIMAだけ?
M だけでしたね。バンド枠みたいな。
-- ノリが全然違ったでしょう?
M 違いますね。お客さんへ「チューニングって知っていますか?」という問いから入るから(笑)。「僕が弾いているのがベースです」というところから。
-- 完全アウェーなステージだったんですね。
M WANIMAは"はじめましてのお客さんとどれだけ距離を縮められるか"をテーマにしているところがあるので。アウェーなほど楽しめるのかもしれない。
-- アウェーは楽しいですか?
F うーん、半々ですね。
M もちろんお客さんの気持ちをもっていけなかったときは、1~2曲で帰ろうかな、と思うこともありますけどね(笑)。
-- あと先輩バンドとも多数対バンしていますが、いい影響を受けていますか?
M やっぱりKen Bandのツアーに参加したことですかね、一番刺激になったのは。それこそ数十人の前でしかライヴをやったことのないやつらが、急に200~300人の前でライヴをやるわけだから。でもバンドをやれない期間が長かったから、いろいろ試行錯誤できたところがあって。いい刺激になりましたね。
-- Ken Bandのツアーでは何ヶ所くらい一緒にまわったのですか?
M 一緒に計11本行きました。横山健さんは多くを語らないけど、やっぱりレーベルの社長が現役でやっているレーベルって少ないじゃないですか?背中で語る部分が多くて。やっぱり刺激になりますね。
-- 背中で語っていましたか?
M 語りますね~、あの人は。生き様を語るね~と思った(笑)。一緒にご飯を食べに行ったり、2人きりで話したり、メンバーを交えて話すのは不思議な感覚でしたね。こんな感覚になれることがあるんだなって。
F すごく印象的だったのが、「新しい景色を見せてくれよ」と言ってくれたこと。
M 「新しいところへ連れていってくれるんじゃないかな、WANIMAは」って。
N 僕もやっぱりその言葉ですかね。同じギタリストなので、アドバイスの一言、一言が刺激的ですね。
F 一番分かりやすいよね、ライヴを観るのが。
N そうだね。
M もしバンドをやっていなかったら、「あなたやっていないじゃないですか?」と言えるじゃないですか。でもあの人は現役でやっているので。
-- それ以上の説得力はないですものね。
F そうですね。ただただ刺激的です。
-- そういえばPIZZA OF DEATH RECORDSで初めてマネージメント契約を結んだバンドとなりましたが、その経緯は?
M 何回もレーベルのスタッフさんがライヴを観に来てくれていて。
F それで話が進んでKen Bandと一緒にツアーをまわってみようと。最初は1本だけだと聞いていたんですけど、蓋を開けたら4本になっていたという(笑)。
-- 急に一緒にまわることになったんですね。
F だからお客さんはこいつら誰だ?みたいな目で見ていましたよ。
M 実は他のレーベルからも誘われていたんですけどね。
-- その中でもPIZZA OF DEATH RECORDSは熱心に声をかけてくれたと。
F ライヴにも熱心に足を運んでくれていたから。
M マネージメントの話が出ても、最初はピンとこないじゃないですか?何も知らないから。でもスタッフさんの熱心さや気持ちが俺らに伝わり始めていて、一緒に頑張っていくことになったんです。
-- 全て委ねているのですか?
F 最初はそうなのかなと思っていたんですけど、自分たちと相談してやってくれるので。
M 一緒になってやってくれる。曲も自分たちの好きなようにやっていいと言われていて。ああだこうだ言われるのかなと思っていたんだけど、任せるところは任せてくれますね。
-- 自分たちでやれることって限られているじゃないですか?でもいろいろな繋がりがあるところだと、もっと幅広い活動ができるし。自分たちの世界が広がったことを実感していますか?
M 徐々にこういうインタビューとかも増えてきて、WANIMAが世の中に広まってきているんだなって実感しています。
-- もし自分たちにマネージメント能力があれば、何年間もくすぶっていなかったかもしれないですけどね。
M そこなんですよね。もうちょっと自分たちに知識があれば苦労しなかった(笑)。でも苦悩の期間があったからこそ、今があるって信じていますよ。
Interview by 中沢純
Vol.3 へ続く
-- 今回、キャリア初となる1stミニアルバム『Can Not Behaved!!』がいよいよリリースされますが、今どんな気持ちですか?
藤原弘樹(以下、F)ただただ嬉しいです!
松本健太(以下、M)やりたかったことをやれたのが良かったです。光真は最初3000円のギターだったけど、今だったらそれ何個買える?というすごい機材を使わせてもらったので。音についても相談できたり、不自由なくやらせてもらいましたね。
-- こんな作品にしよう、というイメージはありましたか?
M とにかく3人がいいなと思ったものを。スタジオでも3人が「今のいいね」と言いながら作っているので。特にメロディックパンクっぽくとか決めないで作っている。だけど自然とこうなっちゃうんです。
-- メインのソングライティングは誰が?
M 作詞、作曲は俺ですね。光真がイントロを持ってきて。雨あがりのイントロとかは光真がもってきて、弾いて、今の雨上がりっぽいねと作っていった。
-- 藤原くんが曲を持ってくることは?
F ないです(キッパリ)。リズムとか叩いて、健太がそれに合わせて歌ったりして。「今のノリいいね」となったら、コードを拾っていって曲になったり。いろいろなパターンがあります。
-- 光真くんはフレーズだけではなく、曲を持ってくることは?
西田光真(以下、N)メロディや歌詞に僕は一切ふれないようにしています。
-- 健太さんの世界観を活かしつつ、いろいろなものをプラスしていると。スタジオに入ると何曲もできることもあるのですか?
M できることもありますね。そういえば以前、曲を作るためにみんなで合宿に行ったんですよ。
-- へぇ、合宿へ。
F でも曲がまったくできなかった。
M 環境が良くなくて。なんかジメジメしているところだったんです。俺、ちょっと潔癖症なところがあって、それに左右されちゃって。何も生まれなかった。
-- それ、どこに行ったんですか?
M まあ、それは内緒で(笑)。
F 一泊二日で行ったんですけど、一日目にまったくできなくて。これはちょっとダメだということで、次の日の朝、3人で近くの神社へお参りに行きましたからね(笑)。
-- 何かに憑かれているんじゃないかと(笑)。
M でも合宿終わって帰ってきたら、すぐに曲ができたんですよ。それが今作の1曲目に収録されている「Hey Lady」。
F 合宿では全然できなかったのに、帰ってきてスタジオに入ったらあっさりと3時間でできたんです。
M それはお参りしたからだと思っています(笑)。
-- お参り効果覿面だったんですね(笑)。
N 最初にオケを作って、そこからポンポンできていったので。いま思うと合宿も意味があったのかなと。
-- こういう音楽性だと英詞でやりそうだけど、WANIMAは日本語詞ですよね。日本語へのこだわりがあるのでしょうか?
M 単純に英語が喋れないというのと、日本語のほうが分かりやすいんじゃないかなと。
-- 日本語詞でもばっちりはまっていますよね。どんなことを伝えようと思っていますか?
M 分かりやすく伝える、ということを心掛けているし、あと言葉遊びが好きなので。聴く音楽もそういうのが好きだったので。言葉をはめたり、韻を踏んだりするのが好きなので。今も試行錯誤しています。
-- それはヒップホップからの影響?
M そうですね。やっぱりヒップホップやレゲエからきているのかなと思います。
-- 歌詞を書くだけでなく、韻を踏むこととかも考えるとなると、かなり大変だと思いますが。
M メロディはスタジオでポンと出るんだけど、歌詞は本当に悩みますよ。自分の頭の中でグルグルといろいろなことが巡って。夜中や明け方に2人へ「これはヤバイ、頭がおかしくなってしまう」みたいなLINEを送って。既読にはなるんだけど、2人とも無視ですよ(笑)。
-- かける言葉が思いつかない(笑)。
F はい(笑)。
-- 2人は健太くんの歌詞をどう思っていますか?
F 書いてくる歌詞は間違いないと思っているので、全部任せています。
N メロディとオケによく合っているなと思う。だから別に言うことないです。
-- なるほど。歌詞でどんなことを伝えようと思っています?
M 昔はわりと自然や仲間のことを歌っていたんですけど、東京に来てから女性を知るようになって (笑)。エロな部分も歌っていますよ。それもWANIMAの良さかなと。
-- そういう俗な部分も隠さずに。
M はい、全然隠していないですね。分からない人が聴けばそれなりに聴こえるし、そういうのにものすごく詳しい人が聴けば、な~にを言ってんだかと感じると思います。
-- ダブルミーニング的な楽しさを表現していると。
M そうですね。アダルトな風にも聴こえるし、聴こえないようにもなっているので。
-- 言葉で影響を受けた人っていますか?
M 好きなヴォーカリストはたくさんいるんですけど、歌詞については特には。
-- 独自の世界観というか。
M まあ、いろいろ聴いてはいましたけどね。歌詞は基本、苦労しますよ。でも今作に収録した「1106」はパッと出たんです。歌詞ができたときに姉ちゃんから連絡が来て、「今日はじいちゃんの一周忌だよ」って。じいちゃんのために作ったので、なんか不思議なつながりを感じた。
-- これはおじいさんに向けて作った?
M そうです。じいちゃんは漁師だったんですよ。トントンじいちゃんと呼んでいた。だからこの曲は、じいちゃんが漁師をしていた天草の海でPVを撮りたいとお願いして。無理やりPVを撮らせてもらったんです。
-- 「1106」は健太くんのノスタルジーな部分が色濃く出ている曲だったんですね。
M そうなんですよ。千葉の海や東京湾で撮るのもありかなと思ったけど、やっぱり地元の海で撮りたかった。
-- その時にみんなで久しぶりに地元へ帰ってどうでしたか?
M 俺と光真にとって地元はパワースポットなので。
F 結構、引っ張り回されたよね。
M 旅館に着いて、滞在が1時間で。朝方からの撮影だったので。天気が悪くて、海が荒れまくっていて。睡眠時間も1時間とかでしたね、結構過酷だったんですよ。
-- 撮り直しが多かったから?
F いや、天候待ちで。
M 自然が相手なので、どうしようもなかったんです。
-- 天気待ちなんて、黒澤明監督の現場ですよ!
M でも全部撮れたんですよ。歌詞に「晴れの日も、雨の日も、曇りの日も」とあるんですけど、最初は雨で、曇ってから晴れたので、歌詞どおりに全部撮れて。最高でしたね。じいちゃんのおかげかなって。
-- 完成したPVを観て、どんな気持ちになりましたか?
M やっぱり嬉しかったですよ。3人の初PVを地元の天草で撮れた、ということがもう感無量でしたね。
-- なんか素晴らしいエピソードです(笑)。そしてメロディもこのバンド特有のキャッチーさがありますが、自分たちで持ち味はどこらへんだと思いますか?
M メロディはポンと出てくるんですよ。あの人のあそこをとって、あの曲のあのコードをとってとかではなく、ポンと出るので。
-- 耳に入ってきやすいメロディ、このバンドの強力な武器だと思いますよ。
M ありがとうございます!
-- そしてバンドっていろいろなバンドからの影響が見えるものですが、WANIMAはその影響が見えてこないですよね。
M 何をやってもWANIMAっぽくなる、それが自分たちの強みだと思っています。ジャンルは意識せずに、自分たちがいいと思ったものを出しているので。
-- 例えばHi-STANDARD登場以降に日本でメロディックなパンクバンドをやるとなると、必ずと言っていいほど影響を受けているはずじゃないですか?でもそういう部分が見えてこないのもこのバンドの面白いところだなと。よく言われません?
M よく言われますね。でも俺らにジャンルは関係ないし、どのシーンでもやっていけそうな気がしているので。
-- 自分たちのフィルターに一度通しているから、オリジナリティが出るんでしょうね。そして今作でWANIMAの存在がリスナーに幅広く伝わると思います。聴いてくれるみんなへ、どのように届いてほしいですか?
M いろいろな人に等身大だとよく言われるんですけど、やっぱりリスナーと一緒になっていろいろな物事と戦っていきたいですね。まだ抗っている途中なので、こうやって乗り越えるんだよ、というのは模索中だけど、一緒になって共感して進んでいければ。やっぱり誰かに向かって歌っているので。
F まず歌詞を見てほしいですね。今はネットでやりとりや聴くだけの人がいますけど、じっくりと歌詞を見ながら聴いてほしい。
N とにかく聴いて、うちらと一緒に上がってもらえたら。気持ちが上がってくれれば嬉しいですね